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2013年12月2日月曜日

今週の更新/拍手絵追加・「雑記」で大慈寺レポ開始

お久しぶりです。歴創で年内に動き起こす言ってたのに結局大慈寺ぐらいしか目立ったことやってなくて自分の計画力悲しい。

※歴創になじみのない方に前置き※
お寺の旅行レポに歴史上の人物を配置しています。話を描きやすくするためなのでさほど意味はありません。すまん。

●出てくる人たち●
◆頭巾のまゆげさん:円仁(慈覚大師)★がんばったお坊さん。だがなんだか地味なせいであまり知られていない。
◆シラガのにーちゃん:藤原常嗣★円仁さんの友人兼パトロン。遣唐大使の大仕事を頑張った結果おそらく過労で死んだ。
◆ジト目っぽい黒髪:小野篁★冥府の役人の逸話のほうが有名で史実が霞んでいる人。寝不足。


今回伺った「大慈寺」は円仁さんが比叡山に上る前にいたお寺で、いわば円仁さんの幼少期における学び舎といえる所です。早くに父を亡くした円仁さんはここで、父の代わりとも呼べる存在、広智和尚と出会うことになるのです。(以下省略)


寺にたどり着きませんでした。
続きます(・ω・三・ω・三・ω・)



2013年7月9日火曜日





先週の更新/FOR SOUP「DAY1(1p目)」

先週のうちに雑記を書きたかったんですが…完全に私の怠慢です。ていうかまた関係ないことに夢中になってました。興味があっちこっち。

円仁さんの人物叢書を久しぶりに読み返したら、いったい自分は一回目どこを読んでたんだと思うくらいの見落としを見つけたりしました。常嗣さんすまん。
歴創もコミティア用の話も、もやもやとタバコの煙程度の実体をもち始めた感です。つまりまだ全然です。間に合うのか…間に合わせる…(歴創のほうはティアにはもってきませんが)

拍手ありがとうございます。



2013年5月11日土曜日





今週の更新/pixivにグリザイユ技法の描画を試して格納

左半分のサムネ更新だけでは分かりにくいので、週一更新してる(という設定の)この雑記で、更新を一行目に表示することにしました。
この前のバイトとブッキングしたコミティアですが、身内にお使いに行ってもらいめぼしいものをちゃっかり手に入れました。さきのことってわかんねーな。とても面白くて不毛な想像力が刺激されるステキなご本たちだったので、何かしらの形でそいつを放出できたらよいなぁと思う。

◆◇◆◇

今日は、久しぶりの文系分補充で、「大神社展」に行ってきました。直前までオオミワジンジャ展だと勘違いしていたのはここだけの話です。
珍しい神像特集というだけでつられていきましたが、そのほかの展示、とくに小型神宝のくだりはとても面白い。仏と違い、近しいものとして神々を人間の姿にかたどり、その供物にも人間が生活に用いる着物や弓矢、太刀を揃えていながら、「人ではないもの」を表現する手段として、極端に大きく、あるいは小さく作られている。小さ子譚とかにも見られる「特別な存在」を示すスティグマ(聖痕)です。身も蓋もない言い方をすれば、モブと区別するキャラ付けですねぇ。

神像の姿がまさに歴創で扱ってる時代のそれなので、せっかく3Dで見られる機会を逃すまいとせわしなく眺めまわす。ただ、神像の背を壁につけるかたちで展示していたため、背面がたいへん観察しにくい。図録には載ってたかもしれないが…あっ図録確認しわすれた…(手落ち)パラパラ見たときは見なかったように思う。メモを元に少し描き起こしするとこんな(女神のみ)↓



今回の神像舐め回しによってひとつ謎が解けました。肩口のだぶだぶしてるのって領巾(ショール)なのか!!この時代の背子(ベスト)って実際はずいぶんだぶだぶなんだなぁ…う~ん…とか長年思っていました。むしろなんで背子だと思っていたのか。
観察力が足りないのか、実物でなく写真だけ見ていると、ものすごい勘違いをすることがあります。思えば神像を写真で見た当初、髪の毛を頭巾と勘違いしました。質量がおかしい。

ひとつ残ってしまった疑問点は、上の絵でも不思議がってますが、合わせが左前と右前で像によってまちまちだったことです。係の人に訊いてみたんですが解決せず。律令的にはとっくに右前時代のはず…なんですが。また何か勘違いしてる可能性は捨てきれない。か?

ほか道真さんとスサノオさんがコピペされた(?)という適当エピ、実用でないからといってでかすぎる直刀(でも実物初めて見たので感動した)、北野天神縁起絵巻の漫画っぽさなど、そこはかとない突っ込みどころが見られる「大神社展」でした。もっと書きたいけど時間もないのでこのへんにしておきます。

☆メモ(外部リンク)
伎楽呉女・奈良時代・服制の成立(風俗博物館)
調べてみよう!日本人のくらしの移り変わり -奈良時代- 衣服(情報処理推進機構:教育用画像素材集)



2013年4月29日月曜日




某アニメのポーズトレスまんその2

小野道風さんの人物叢書が発行されたようですね。その調子で篁くんのもお願いします(^ω^ ≡ ^ω^)でも個人的には空海さんのが面白そうだと思う。

以前に比べ雑記で歴史についてしゃべり散らかす率は上がった(?)のですが、歴創の作品はいっこも置いてないのでそれ目的でリンクから飛んできたとおぼしき方には申し訳ないと思いつつ、歴創じゃない漫画をあげる。矛盾まみれのサイトですぜ。ムラ気全開ですぜ。そろそろなんとかしたい。

今回の漫画はちょう今さら、人生で初めてつけペンでまともにペン入れをしてみた代物ですが、こんな難しいものを世の人は使いこなしてんのか…こええ…ってなりました。



2013年4月16日火曜日




スキマに見えるのが篁くんの親友である惟良(これなが)春道さんです。仙人になりたい系文人。以下関係ない文章です。

篁関連書よりもずっと詳しく篁くんのことが載ってるとのことで、やっと伴善男(応天門の変における渦中の人物)の人物叢書を読み進めていますが、善男も面白い人物!篁と同じように歯に衣着せぬ、悪くいっちゃえば融通の利かない人物だったようで、壮年期の篁とよくよく関わりをもってるようです。というより、伴善男の略歴を追っていると勝手に篁が飛び出してくる。性格は似てるわ、出世コースを辿る文官官僚の後輩だわでかわいかったんでしょーね。しかし篁くんは体格のいい(良すぎる)イケメン(後付け臭)と言われているのに対し、善男は正史に書かれるぐらい変わった容姿で、耳元の髪が長かったそうです。…残念ながら偶然です。
そのほか、常嗣と篁くんの遣唐使のゴタゴタの件に関する新しい知識が手に入って、以前とはまた違うことをつらつら思ったり。次回の雑記で好き勝手いうかも。

オフラインでの進展。コミティアは10月の予定が立て込んでいる可能性が高いので、8月にサークル参加することに決めました。暑いだろうな。



2013年4月3日水曜日




某アニメのポーズトレスまん

夏が近づく(早い)と、怪談を描きたくなる…(早い)
そう思うようにもいかないのでオカルトスレなど読んで飢えをしのいでいる訳ですが、共同幻想としての都市伝説と、小野小町のありかたというのは、少し似通っているな、とふと思いました。
例えば、赤い服の、背の高い、髪の長い女…という存在が、大勢の間の認識に共有され、ひとつの像を結ぶ。小野小町も、認識が仮名序によって共有され、ひとつのイメージとしてまとまっていく。像の出来上がるスピードに差こそあれ、伝説はどんな媒体を経由したとしても、その成り立ちとしては変わりないの。です。
しまいには、空海さんや円仁さんだって、架空の物語の中で「死後の」小野小町と出会ってしまうのです。こういう歴史や記憶に関する、後世の人のてきとーさ加減ってなんとも不思議でやるせない。でも、魅力的です。
余談だけど、人物叢書って一応篁くんのも出版される予定あんのな…正直空海さんがまだ出されてなかったのが記憶違いか?ってぐらい意外でした。⇒リンク



2013年3月17日日曜日




/ウマイワヨ\

………………調べ物をしていると、いつの間にか盛大に脱線してることがある。

円仁さんと恐山に関するメモ、「唐留学中に見た夢のお告げを頼りに恐山にやってきた円仁さんに、霊地の在処を教えた鵜の鳥」…とかいうメモのそばに迦陵頻伽(かりょうびんが、美しい声で鳴く架空の鳥)と走り書きしてあるので調べてみたけど、カワウの泣き方「『グルルルル』『グワワワ』『ゲレレレ』など、コロニーにおいて、喉を震わせて何度も鳴き、時に『グワッグワッ』『グワー』という短い声や伸ばす声も発する」(wikipedia参照)
…美声じゃありません。それに極楽に住まう妙音鳥とカワウではイメージがつながらない。このメモなんだこれ…鳥ってつながりだけで連想すんのか?

参考になりそうな書籍が少し見つかったので後日借りて読んでみるとして。迦陵頻伽の姿かたちについてつらつらググっていると、『信西古楽図』(こっちもあるぞ)というのが出てきた!後世の注があるために信西の名前がついてるけど、描かれた楽器に平安時代中期には消滅しているものも含まれていることから、大元の図像は平安初期あたりに描かれたもの、とも言われているらしい。
見てるうちに気付いたけど、大学の博物館でも模本で少しだけ見たことがありました。その時は一部でしたが、データベースで全部見られるのは素晴らしいですね。欲言えば解像度もサイズももうちょい欲しかった。藝大のほうぼやけとる。

『信西古楽図』は暫定ですが、平安初期の舞楽の雰囲気を感じ取れる史料として楽しめそうです。余談ですが、迦陵頻伽ちゃんと変換できんのな。意外です。
冒頭のウマイワヨさんは正倉院所蔵の螺鈿琵琶にくっついてる迦陵頻伽さんの模写(というほど描けていない)で『信西古楽図』の図像ではありません。実物はもうちょっとアルカイックな味があります…と言い訳しておく。

☆メモ(外部リンク)
衣装の画像つき左舞解説ページ
舞楽年表
雅楽衣装





2013年3月1日金曜日



サーチにつなぐか漫画描き終えてからつなぐか悶々としてたら3月になっていた。そして宣言完全にオーバーした篁命日絵?かいた…ついでにバナーも変更しました。歴創まんがおいてないのに篁くんが看板です。

話かわって最近知ったことなんですが、篁って現代の戸籍法では使えない名前のようですね。ちくりん、たけやぶって意味ですからね。やっぱまずいの?竹林は犯罪被害が多い地帯だからまずいの?でも毛という漢字は使っていいようです。

ここで宣言すると予定が崩れるクズクオリティなので、もうなんもいわんぞ!!不言実行ですたい。



2013年2月5日火曜日


三日は節分、もとい旧暦での篁くんの命日だったようですが、余裕でスルーしてしまったそのままの勢いで来週にまわします。今日は嘉智子さんの「夢」についてもしゃもしゃと。


平安時代初期…のなかでも嵯峨朝は、「先進国」唐への志向がかなり強い時代です。規定や呼称にあきたらず、文化や思想面でも中国仏教、儒教、神仙思想の影響を強く受けたようです。いわゆる国風文化にいたる過度期において、日本的なくさみが出るか出ないか微妙な時期なこともあり、よけい唐への傾倒が目立つように思います(適当)


さて橘嘉智子は嵯峨天皇の皇后であり最初で最後の橘姓のキサキ。彼女は815年七夕の日に、観音の飾り(瓔珞)を身につける…という不思議な、ですがどう考えても吉兆の夢をみます。
ちょうどその日に嵯峨天皇が神泉苑で七夕の詞を詠んでおり…六日後に、嘉智子さんは皇后となったようです。
ここに登場する観音、七夕にまつわる織女のモチーフと嘉智子さんのエピソードがダブって扱われているところに唐風のにおいがいたしますね。
参考文献の筆者曰く、仏教説話においてしばしば現れる「玉女」…王の淫欲を支配し、福徳をもたらす存在…としての存在、あるいは天帝の女としての自分を嘉智子は思い描いたのだろうか、という話ですが、
六国史の記述って誰の意向がどの程度反映されてたんだろうな…???という疑問にぶちあたる。記述の方法知らないぞ。でも夢の内容が記録として残ってるということは嘉智子さんが自己申告したのん…?「わたし、観音様の飾りを身につけたのよ…(含み笑い)」みたいなこといったのか??食えないひとだ。
もしそうだとしたら、その夢は彼女にとって、ことば通りふたつの意味をもっていたのかもしれません。


参考文献は『文化史学の挑戦』(2005,思文閣)で、正直もう一回見返したいんですが、くそたけぇ……国会図書館のお世話になるしかないのかも。夢の記述は『文徳天皇実録』に見られます。

余談で、嵯峨天皇も神仙思想にあてられあやしげな妙薬に傾倒したりしますが、それはまぁおいときます。




2013年1月15日火曜日

※生活感あふれる写真が登場します


袈裟の構造をいまいち把握しておらず、「わかんねぇ…」と言いながら長年描きつづけていてさすがに自責の念に駆られるので、簡単な形のものでも、一度作ってみよう!と思った。袈裟を。
というのは、(たぶん)半年ぐらい前のはなしで…



やっとできた!


なかなかのボロきれ具合です。アップはひどすぎてお見せできない。引きでもひどい。
制作のうえでのコツは「心を落ち着けて、香をたきつつ、一針一針縫うこと」だそうです。いわば写経のようなものらしいです。
たしかに、袈裟縫いみたいな細かくて分かりにくい作業を効率重視であせらしく進めようとしたら大変つらいです。つらかったです。
焦っても半年かかってるしな。
さて、なんとか出来あがったはいいものの、ひとつ問題が生じてきました。 
本当の寸法の二分の一の大きさでつくったために自分では着られないのです。リビングで埃をかぶったテディベアにも着せてみましたが小さすぎます。猫に着せようとしたら四つ足で全力抵抗されたのでムリです。


いろいろためした挙句掃除機に功徳を積んでいただくことになりました。

家族に気が触れたと思われる前に事をすませなくては。


上側の布のはしはやや内側に折りこみます。
本当に着る時は、まず左肩にかけた布をおもむろに広げて…などのきちんとした作法があるようですが割愛です。DVD鑑賞がてら縫ったりもしていたのでもう手遅れです。
紐を胸の前で結んで、右側の布を左肩を覆うようにして巻きつけます。そして落ちてこないように内側にはさみこむ。


こんな感じです。腕と足と首と頭がないのを除けばさまになっています。


ちょっと百鬼夜行然としている。
袈裟をはおっただけで来世には尼さんになった遊女の逸話や、天台宗の草木も成仏するという考え方を思うと、掃除機も出家したりせんだろか。

今回の袈裟(如法衣)制作にあたり、『袈裟のはなし』(2000年,法蔵館)と、おもにこのサイトにお世話になりました。